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中央銀行デジタル通貨(CBDC)はそんな単純な話しではない

一つ前のエントリで、

海外では、「電子マネー=デジタル通貨」であって、今は、今後ビットコインを代表とする暗号通貨をどう取り込んでいくか、CBDC(中央銀行発行デジタル通貨)をどうするか、といった話題がホットトピックなのです。

日本の「電子マネー」というデジタル後進性 - torum

と書いたように、英語圏では、特にWall Street JournalBloombergと言った経済紙だけではなく、一般紙のニュースにも上記の話題が頻繁に登場します。日本のように「PayPay、楽天ペイ、LINE Pay」といった企業の目くらましの広告宣伝に汚染されたりしていない、という事です。

もちろん、英語圏でも、伝統的な金融・経済界や金融当局側からすると、暗号通貨と言ったデジタル通貨は脅威であって、ビットコインなど潰したい、という意向が働きネガティブに報道するという力学が作用している事は確かです。

本来、米国は、国際準備通貨としてのドルという地位を維持したいが為に、ビットコインなどの暗号通貨は邪魔な存在でしかありません。金融界としても、元来の金融とはまったく異なる次元で動く暗号通貨というものは歓迎すべからぬものだったのです。なので、伝統的な金融・経済界や金融当局側からネガティブな反応が出るのです。Facebookの計画したLibraという暗号通貨を米国政府が潰したのもそれが原因です。最近でもトランプ大統領が「(ビットコインなどの暗号通貨は)ドルと競合する。好きじゃないね」などと発言してます。

しかし、現実は、暗号通貨を無視する事も潰す事も出来ない事は明らかで、米国としても、無視したままでやられるよりは、逆に活用するか、積極的に何か対抗していくべきなのでは、という方向の議論がこの1年で増えてきて、趨勢が変化してきた感じがします。

一番の理由は何か、というと、やはり中国です。中国はビットコインのような国家によるコントロールが効かない非中央集権的な分散型の暗号通貨を禁止して排除し、「デジタル人民元」という国家が発行して管理統制するデジタル通貨を普及させようとしています。これが、現在のドル体制にとって、明確な脅威と受け取られているのです。

「デジタル人民元」は、CBDC、つまり中央銀行発行デジタル通貨の一つで、暗号通貨とは明確に異なり、国家(の中央銀行)が中央集権的に管理・発行するものです。もし、このデジタル人民元が、ビットコインのように国境をまたいで簡単に取引できるようになって普及してしまうと、ドルの地位が根本から揺らいでしまいます。米国の影響下にある国際決済システムのSWIFTも同様です。米国が行ってきた金融制裁という方法も、効果が激減するでしょう。

では、ドルも対抗して、今まで見下していたビットコインや中国のデジタル人民元のように、デジタル化すべきなのか・・・それともこのまま指をくわえてデジタル人民元が浸食してくるのを許すのか・・・これが現在の米国にとっての難しい悩みであるわけです。米国では、デジタル通貨はれっきとした国家の安全保障問題なのです。

本来、米国は伝統的に国家の管理は最小限にし、民間資本に任せる、というのが主義です。なので、CBDCなどで既存の体制を変更したり、デジタル化で管理統制を強化するような事は本来であれば、米国らしくない事です。しかし、ドルの地位を脅かすという事は、米国の主権に関わってくる話しで、前述した安全保障問題でもあります。こうなると米国はどう出るか分かりません。

米国にとってさらに悩ましいのは、エルサルバドルのような国がビットコイン法定通貨として扱い始めた、ということもあります。元々南米の国々は、米国に「裏庭」扱いで、様々な形で干渉を受けて来たという歴史的な経緯から、米国の影響下から脱却するのがウケるという傾向があります。で、反米的でナショナリスティックなベネズエラのような社会主義の左派政権がいくつも出現して結果、通貨が暴落するなんて状況。なので、南米は「脱ドル、入デジタル通貨」する下地があると言えます。ますます米国にCBDCを検討する圧力がかかります。(またはエルサルバドルのような国に圧力を加えて止めさせようとする)

そんなニュースがありながら、はてブのコメントでは、

日本政府、ビットコインを外国通貨と認めず エルサルバドルの法定通貨化受け

ビットコインネットワークビジネスの商材に過ぎない。いかなる意味でも通貨では無いのだから、認めないのは当然。

2021/07/02 08:22

b.hatena.ne.jp

などといった、自分の視野2メートル範囲の観察でしか物事を判断しない人がいるのが残念です。そもそも「通貨とは何か」、「通貨の価値とは」という点を勉強して欲しいなぁ、と思います。この点、以前書きました

torum.hatenablog.com

 

さて、本題の、「デジタル日本円」についてなのですが、日銀の対応はというと、以前より「念のため、研究と実証実験を行うものとする」という、前向きなのかなんなのか分からない姿勢のまま変化がありません。結局、日本が良くやる、様子見、右に倣え、ってやつでしょう。

でも、日本もさっさとCBDC、つまり中央銀行発行デジタル通貨を発行すればよい、というつもりもありません。

CBDCはその定義上、その名前の通り、国家の中央銀行が直接発行して管理するデジタルなものです。という事はつまり、すべてのお金の動きを国家が簡単に把握できる、という事でもあるのです。まぁ、具体的にCBDCがどのように実装されるか不明な段階ではっきりした事は言いようがないのですが、デジタルでやる以上、明示的に何らかの足かせを掛けない限り、出来てしまう事に変わりがありません。

例えは嫌いなのですが、使用者から見たCBDCは、国が自らデビットカードの運用と管理をやって、強制力をもって通用させる、みたいな話しでしょうか。

利点としては、脱税や違法取引を取り締まり易くなる、という事でしょう。現金は匿名ですが、CBDCのデジタル通貨だと簡単に足が付きます。

欠点としては、国民の監視やコントロールに使いやすい、という事です。CBDCだと、何をいつどこで買ったか、という履歴が全て簡単に個人と紐づく事になります。個人のお金を政府がボタン一つで凍結したり0円にする事も、技術的には出来ます。中国のような独裁的な権威主義国家が、CBDCをどういう目的で使おうとしているか、考えるだけでウンザリします。

また、中央集権的に管理するとなると、セキュリティ的にリスクが高くなります。

なので、個人的にもろ手を挙げて推進するべき、とは言い難いと思っています。よく、「中国が先行しているCBDC・・・」などというセリフを見かけますが、上記の点にまったく触れておらず、片手落ち、というか、無責任な表現だと思います。中国がCBDCを推し進める理由は、国内向けの監視統制強化、海外向けのドル体制への挑戦という2重の意味というか目的があると思っています。これについて、「先行」しているので追い付くべき、という文脈だけで語るものではないと思うのです。

さて、日本でこういう事を公に議論していたりメディアで取り上げている所はあるのでしょうか。そこが物凄く不安であります。日本のメディアを初め、日本社会では、米国の後追いして真似すればよい、程度で思考停止している感じがします。そもそも、日本のメディアを含め一般が「決済手段と通貨を混同している」レベルでしっかりと整理もせずにいて、10年先の国家戦略なんて議論出来ないと思うんですよね。

因みに、個人的には、もし現状を維持したいなら米国をはじめとして各国がまとまってルールを定め、なんだかんだ理由を付けてデジタル人民元を排除する仕組みを作るしか方法は無いと思います。しかし、今の欧米に対中共同歩調を取れる余裕と覚悟があるかどうかは疑問です。

極論すれば、ドルに代わってデジタル人民元が覇権を取るくらいなら、ビットコインが世界の基軸通貨になるべき、とぐらいに考えてます。

いずれにせよ、中国がCBDCを推し進めている以上、各国も何らかの対応を迫られるという事です。その時に、民間で何にも議論をしていない日本は大丈夫なのか、という事です。

 

追記:

ロイターで日銀の動向が記事になってました。(因みに日本の共同通信時事通信でもなくロイター通信発という点に注目。日本のメディアさぁ・・・orz。)

jp.reuters.com

 

中国がデジタル人民元の大規模な実証実験を行うなど開発を進めている。村井氏は「価値観を同じくする国同士で共通の基盤をもち、相互運用性が高い標準技術を確立しなければならない」と発言。「隣の大国に標準技術を握られないというようにする、そういう大きな視野も必要」と述べた。

 

まぁ、そうなるでしょうねぇ。結局、欧米と共同歩調という・・・。中国にデファクトスタンダードとられるのもマズイのも確か。

 

日本円はスイスフランとともに安全通貨の地位を保っているものの、人民元の存在が大きくなってくればその地位が脅かされ、日本経済が混乱することもあり得ると懸念を表明。

「デジタル人民元がものすごく使い勝手のいいものになり、海外の人たちが旅行で使ったり、商取引や貿易でメーンの決済通貨になってきたりすると、円と人民元の関係が変わってきてしまう。資本政策など通貨の国際化にはデジタル以外の要素も当然影響してくるが、デジタル人民元に利用が大きく流れていってしまうと危ない」とも述べた。

 

これも、その通りでしょう。

 

村井氏は、民間デジタル通貨やステーブルコイン(法定通貨を裏付け資産とする仮想通貨)に関し、現在の国際社会が主権国家を中心とした経済・社会システムになっている以上、国家の通貨主権を脅かすような存在については「一定の規制が必要だろう」と見解を示した。
「日本であれば、日本人の命と生活を守る責任を国が負い、それに伴い通貨主権を行使している。このため通貨主権はその国の経済のありように直結してくる。それを脅かす存在には注意が必要」と述べた。

 

これはどうなのか。EUなんて単一通貨で「通貨主権」は国単位では持って無いし(だからドイツとギリシャとかの間でゴタゴタが起きる)、エルサルバドルなんて、法定通貨はドルだけだった訳で、そもそも「通貨主権」なんて持っていない国もある。日本や米国などの自国通貨が既に一定の立場を確立している国から見た視点でしか無いのでは、と思ったり。もちろん、一定の規制は必要でしょうし、日本円の立場は絶対に守っていかなければなりません。

ただ、ドルや円といった国際通貨を持っている「先行者利益」のようなものを維持したい既得権益者が保身を図って旧態にしがみつきイノベーションを阻害して、結果として、新しい技術を使う新参者に全てをひっくり返される、なんて歴史上何度も起きて来たことにならないようにはして欲しいものです。

 

追記2:近いうちに、Facebookが新たにドルを裏打ちにした、いわゆるステーブルコインのディエムという暗号通貨を発行する話しがあります。Facebookが以前計画していた旧リブラは、複数通貨をバスケットで裏打ちするという暗号通貨でしたが、ドルに対する脅威という事で当局の反対にあって潰されました。自分は当時、ザッカーバーグの議会証言とかもYoutubeで観てました。しかし、この新しいディエムはドルに裏打ち・連動されたステーブルコインという事で、米当局からもヨシヨシと受け入れられている感じです。

つまり、米国は、CBDCを自ら手掛けるよりか、米国らしく民間にCBDCの代わりとなるものをやらせようとしているのかもしれません。Facebookのような世界的に影響力のある企業を持っているのですから、それを利用するのは手です。ザッカーバーグ自身もそう議会で証言していたのが印象に残っています。

日本だと・・・GMOあたりが日本円ステーブルコイン発行していたかな・・・。